# 長時間発酵と、この加速の時代

> あらゆるものが加速する時代に、志賀勝榮とその弟子 Lisa は一つのパン生地を18時間かけて発酵させる。速い発酵は産業革命後の工業的思考の産物であり、速くしか動けないシステムは一種の失制だ。台湾・日本パンシリーズ第二篇。

- Author: Paul Kuo（郭曜郎）
- Date: 2026-07-03
- Pillar: 省察と記憶 / Reflections & Memory
- Tags: 長時間発酵, 工業化, スロークラフト, 職人精神, 志賀勝榮, 台日交流, 制御の喪失
- Canonical: https://paulkuo.tw/ja/articles/long-fermentation-fast-age/
- Language: Japanese (日本語)
- Translation: AI-translated from the zh-Hant (Traditional Chinese) original
- Original (zh-Hant): https://paulkuo.tw/articles/long-fermentation-fast-age.md
- Site index for LLMs: https://paulkuo.tw/llms.txt

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> **TL;DR** 味覚的感動のパンは、一つの生地が十数時間をかけて発酵する。速い発酵は産業革命後の「速く、大量に」という工業的思考の産物であり、工業酵母が登場してまだ百年に満たない。効率を追い続けてきた私が、長時間発酵にこだわるこのパン事業に関わることで、別の視点を突きつけられた。速くしか動けない、遅くなる選択肢を失ったシステムは、制御を失っている。

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味覚的感動では、一つの生地が十数時間をかけて発酵する。私は店でその過程を見た。生地は専用の発酵箱の中に置かれ、18度・18時間に設定され、時間になってはじめてオーブンへ入る。初めて見たとき、頭に浮かんだのはこういう問いだった。今の時代に、この製法は割に合うのか。

![長時間発酵のパン。断面には大小さまざまな気泡が並ぶ。](/images/articles/long-fermentation-fast-age-bread.jpg)

工場の論理で言えば、これは遅すぎる。志賀勝榮は『パンの世界』（講談社選書メチエ）の中でこんな数字を挙げている。工業酵母と電気オーブンを使えば、生地をこねてから焼き上がるまで二時間半で終わる。味覚的感動のやり方は、その何倍もの時間を要する。

これほど遅いと、生産量に直接跳ね返る。発酵だけで18時間かかる以上、製造ラインは一日に一巡しかまわせない。つまり一日に一窯しか出せない。工場が最も重視する「単位時間あたりの生産量」という尺度で見れば、これは自ら武器を捨てるようなものだ。

## 「速さ」は、百年前に生まれた

後に志賀の本を読んで、「速さ」というものがいかに新しい発明であるかを知った。

工業酵母が登場してまだ百年に満たない。それ以前の六千年間、人類はそれなしでパンを作ってきた。志賀は書いている。産業革命後、人口が爆発的に増え、社会は大量のパンを素早く焼く必要に迫られた。工場で純粋培養された単一酵母がそこで重宝された。それはパン作りを、はじめて速く、安定して、失敗しにくいものにした。

この「速さ」の技術は、戦争によって加速した面もある。第一次世界大戦中、食糧不足の中で前線の大軍を養わなければならなかった。酵母の原料は穀物から製糖の残滓である糖蜜へと切り替えられた。戦後まもなく、ドイツとデンマークの技術者が連続的に原料を供給しながら大量に空気を送り込む培養法を開発し、酵母の生産量は飛躍的に増えた。工業酵母は、戦時下の「速く、節約して」という命令の上に育った。私たちが当たり前だと思っている「速さ」の起源は、できるだけ多くの人を、できるだけ速く、できるだけ安く養おうとした動員の論理だ。

速さにはコストが伴う。工場での効率的な生産のため、また遠くまで形を崩さずに届けるため、添加物や改良剤が不可欠になった。もう一つのコストもある。二十世紀の中頃までに、多くの職人は工業酵母に完全に依存するようになり、ゼロから発酵種を育てる方法を知る者はほとんどいなくなっていた。私たちは百年で、六千年かけて積み上げた一つの技を、速度と引き換えにした。

志賀がしたのは、時間を取り戻すことだ。彼はパンを発酵食品として捉える。急いで仕上げる商品としてではなく。18度で18時間ゆっくり発酵させると、澱粉がブドウ糖に分解され、乳酸菌が残る。パン自体に甘みが生まれ、砂糖を加える必要がない。師匠の福田元吉から受け継いだ言葉を、志賀は生涯忘れなかった。病気でもないのに、なぜ薬を飲む？

## 「遅い」は、反テクノロジーではない

志賀の遅さは、現代の技術があってはじめて可能になる。

彼は本の中でこう言っている。攪拌機と精密な温度管理ができる設備があるからこそ、今の人間は「工業酵母以前」よりも極端な超長時間発酵を実現できる。生地を丸一日安定して置き続け、かつての職人が味わったことのない風味を追求できる。百年前であれば、そのような超長時間発酵は雑菌に敗れていたはずだ。

だから「遅い」は、懐古趣味でも反テクノロジーでもない。同じテクノロジーを、別の価値のために使うことだ。時間を風味のために残す、速さのために削るのではなく。効率を信じ、自動化を信じてきた私には、これは特に刺さった。テクノロジーに一つの方向しかないわけではなかった。「より速く」という方向にしか押してこなかったのは、私たち自身の習慣だったのだ。

## 速くしか動けないシステムは、制御を失っている

この遅い生地が、パン以上のことを考えさせた。

農業系スタートアップを経験し、ずっとテクノロジーの世界にいる。私が慣れ親しんだ世界は、より速く、より省コストで、よりスケールできることを日々語り続けている。速さそのものは悪ではない。だが、もしシステムが速くしか動けず、遅くなる選択肢をすでに失っているなら、それはもう制御を失っている。

制御を失うのは速く走るからではない。遅くさせてもらえないからだ。工業は「速い」を唯一の道にした。その過程で「遅い」という選択肢を静かに消した。立ち止まる力さえ失えば、引きずられて走るしかなくなる。

そう見れば、志賀と Lisa がその18時間を守り続けることは、単なるパン作りへのこだわりではない。「まだ遅くなれる」という一つの選択肢を守ることだ。その選択肢にはコストが伴う。一日に一窯、永遠に大きくなれない、それでも二人は受け入れた。遅くなれる選択肢をまだ手にしていること、それは自分の手の中にある主権だ。あらゆるものが加速へと押し流される時代に、この種の主権はますます希少になり、ますます価値を持つ。

## 台北のある街の、18時間

この時間を守る理念は、志賀が東京から弟子の Lisa へ伝え、Lisa が台北のある街で一日一日守り続けてきたものだ。東京から台北へと続くこの師弟の系譜は、[このシリーズの第一篇](/ja/articles/tokyo-master-taipei-bakery/)の物語だ。2025年、それはすでに十一年目を迎えている。18時間かけて発酵させるパンが、速さを求める都市の中で生き続けていること、それ自体、容易ではない。

「遅い」がまだ選べる選択肢として残っていることの、小さな一つの証拠だ。

この選択肢が台湾でどこまで続くのか、どんな形に育つのか。それは[次の篇](/ja/articles/taiwan-food-fads-slow-bread/)の話だ。この台北の小さな店を起点に、台湾自身の立ち位置を考えてみたい。

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本文における工業酵母の普及と長時間発酵に関する記述は、志賀勝榮『パンの世界：基本から最前線まで』（講談社選書メチエ）に基づく。書中の見解は著者による要約・転述であり、逐語訳ではない。
