TL;DR — 中学生向けの起業家精神の授業は、子どもに夢を語らせて終わらない。三つの実在企業を訪問し、模擬店の運営で初めての起業体験を積み、メンター制度で教室を現実世界につなげた。起業家精神はスローガンではなく、訓練だ――問題を定義し、リソースを統合し、価値を生み出す。そしてそれは、現実世界の境界線の上でしか身につかない。
「大人になったら何をしたい?」この問いに、子どもはうまく答えられる。本当に難しいのは次の問いだ――あなたは何の問題を解くのか、誰のために、なぜあなたでなければならないのか。
起業家精神の授業が最もずれていきやすいのは、最初の問いで止まってしまうことだ。教師が子どもに勇気を持って夢を追いかけよと励まし、かっこいいアイデアを発表させ、みんなで拍手して終わる。アイデアはどれも聞こえはいいが、「それで?」と一押しすれば崩れてしまうものばかりだ。
BTSの起業家精神を知る授業は私が設計した。目指したのは次の問いを扱うことだ。夢を語らせるのではなく、夢を実行可能で検証できるものに分解する訓練をさせる。それは普通の教室では教えにくい。学生を現実世界に連れていく必要がある。
起業は一つの顔ではない
最初にすることは、学生に起業の本当の姿を見せることだ。しかも一つではなく。
私自身がスタートアップのエコシステムにいるため、多くの新興企業と知り合いだった。学生をそうした企業に連れていくのは自然な流れだった。たとえばスタートアップアクセラレーターの之初創投(AppWorks)。台湾で最もスタートアップが集まる場所の一つで、学生が見るのは高速成長、資金調達、スケールアップという種類の起業だ。甘樂文創は三峡で地方創生に取り組むソーシャルエンタープライズで、学生が見るのは起業がコミュニティの問題を解くためにもなり得るという姿だ。そして教育ゲーム会社では、好きなことを実際に使われる製品に変える過程を見た。
三社、三つの起業の形。アクセラレーターはスピードと起業コミュニティを見せ、ソーシャルエンタープライズは起業が価値と意味を持てることを見せ、教育ゲーム会社は趣味がビジネスになる道筋を見せた。口頭で説明するだけだったり、一本のTEDトークを見るだけだったりすると、学生は「起業とはかっこいいアイデアに勇気を乗せたもの」という一つのイメージに収斂しやすい。三つの現場を歩き、創業者を直接訪ねて言葉を交わすことで、学生はより理解しやすくなる。起業は決して一つの姿ではなく、異なる選択、規模、そして生き方から成る一続きのスペクトルなのだ、と。
校外訪問は遠足ではないし、記念写真を撮りに行くわけでもない。毎回の訪問で学生は問いを持って行き、観察を持って帰る。教室に戻ったらみんなで分解する――この会社は何の問題を解いているか、価値は何か、何によって生き残っているか。
模擬店の運営、初めて本当に顧客と向き合う
他人の起業を見ることと、自分でやることはまったく別だ。だからこの授業にはもう一つの核がある。学生自身で模擬店を運営し、初めての起業体験とするのだ。
模擬店は小さく聞こえるが、起業の最も核心的なサイクルを、中学生が背負える規模で一通り演じきる。何を売るか、コストはいくらか、価格はいくらにするか。ブースをどう配置すれば人が足を止めるか。売れなかったらどうするか。お金を受け取った後、利益と損失はどう計算するか。
紙の上でこれらを書く限り、永遠に抽象的なままだ。しかし実際にブースの後ろに立ち、人波が目の前を素通りしていくのを見たとき、子どもたちは「価値」という言葉の重さを具体的に感じる。他者にお金を出させることが、思っていたよりはるかに難しいとわかる。いいアイデアと、実際に売れるものの間には大きな距離がある。
これは私が〈システムと直感の対決〉で書いたことでもある――多くの人がつまずく場所はかなり手前で、「自分たちは何者で、何を売っていて、なぜ誰かが買うのか」をまだ整理できていないことが多い。模擬店はその距離を、最も直接的な形で子どもの前に広げてみせる。
本物のフレームワークで、本物の思考を引き出す
現場を歩き、ブースに立った後、それらの経験を思考できる構造に収斂させるツールが必要だ。この授業ではビジネスモデルキャンバス(Business Model Canvas)を使う。
ビジネスモデルキャンバスは九つのマスを埋めて提出するものではない。問いの連鎖だ――顧客は誰か、何の価値を提供するか、どうやって届けるか、コストはどこにあり、収益はどこから来るか。学生が自分の模擬店や訪問した企業を一マスずつ埋めていくと、多くのマスが埋まらないことに気づく。埋まらないマスこそが、まだ考えられていない部分だ。私は学生に自分で売らせ、自分でカスタマーサービスをさせ、自分でお金を受け取らせ、自分で顧客に電話して問題を解決させた。
ツールの価値は答えをきれいに見せることではなく、「考えられていなかった部分」を表面化させることにある。これはテストとちょうど逆だ。テストは問題をあらかじめ整理してくれるが、ビジネスモデルキャンバスは自分で問題を見つけることを強い、市場が直接教えてくれる。

起業家精神の授業の様子。ホワイトボード、プロジェクター、数台のノートPC、そして自分の考えを問いへと分解していく子どもたち。
メンター:教室を現実世界につなぐ一本の線
これらすべてをつなぎとめているのがメンター制度だ。
起業のような実戦的な知識は、学校の教師が最良の教師とは限らない。実際にやり、失敗し、今も市場で戦っている人間だけが、教科書では与えられない暗黙知を渡せる。メンター制度とは、そういう人たちを招き入れ、学生の学びを現実世界に接続する仕組みだ。
ただし〈教育イノベーションの見えない帳簿〉で書いたように、メンター制度は優秀な人を数回呼んで講義させるだけでは成立しない。選考、履歴書、契約、委嘱状の発行、学期初めの教育評価シート、中間と期末それぞれの面談――ここまでが一セットだ。人を見つけること自体は難しくない。その人を制度の中で追跡可能で、責任が明確で、評価できる存在にすること、そこに本当の力が要る。現実世界へのこの接続線は、制度でしっかり引っ張っておかなければならない。
起業家精神とは、世界への向き合い方だ
授業が終わっても、これらの中学生に本当に起業してほしいとは思っていない。多くはそうしないし、する必要もない。
ただ、一つの能力を――あるいは世界への向き合い方を――持ち帰ってほしい。気に入らないことに出会ったとき、不満を言うのではなく「これはどんな問題で、解けるか、手元に何のリソースがあるか」と問う。機会を見つけたとき、そこに本当に価値があるか、投入する価値があるかを判断できる。何かやりたいことがあるとき、それを一つの念から、他者が買いたいと思うものに変える道筋を知っている。
この能力は起業する人間に必要だが、起業する人間だけに必要なわけではない。漠然とした世界を、自分の手で変えられる世界に変える能力だ。泥まみれになって、自分で問題を解く習慣を身につけること――それが、私が彼らに育てたい性格だ。
起業家精神の授業が教えるのは、起業の方法ではない。「自分にはできない」を終止符にせず、分解を始められる問いとして受け取る方法だ。それは総論〈フリップからクライムへ〉のあの言葉の別の言い方でもある――教育の核心は、子どもを現実世界と出会わせ、それを変える力を育てることだ。
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