TL;DR — 台湾NHIの公開データは内容も構造も整っているが、多言語かつインタラクティブな入口はまだ十分に育っていない。再生医療がグローバルな注目領域となるなか、この「公開データの次のインターフェース」こそ、補うべき欠落である。私は自分自身が業務で使うところから始める。台湾NHIA(衛生福利部中央健康保険署)の「重大傷病30カテゴリー」を中・英・日トリリンガルで検索できるツールに整備し、paulkuo.twに「再生医療テック」シリーズを立ち上げる。
最初の構想と、案件のその後の展開は、かなり違っていた。
2024年、台湾のある医療技術企業が、世朋國際を通じて台湾の細胞工場の建設・運営サービスを日本に持ち込もうとしていた。このプロジェクトが頼りにしていたのは、台湾の半導体サプライチェーンが長年にわたり蓄積してきた建廠ノウハウとエコシステムである。クリーンルーム基準、プロセスバリデーション、設備協力会社のネットワーク、施工チームの規律。そうした要素を統合して、細胞治療向けの工場設計を一式まとめ上げ、turn-key systemとして日本へ移植する計画だった。
1年あまりの探索を経て、この案件は単なる「台湾サービスの日本輸出」ではなく、台日間のより深い協業へと変化していった。2025年中盤、双方は台湾に日系子会社を設立し、ある特定の難治性疾患に対する細胞治療を台湾で実現することを目指す方向で計画を進めている。世朋國際は本案件において、台湾側の調整役を担っている。会長の李建樑(Jerry Lee)が主たる窓口を務め、私はチーフストラテジーオフィサー兼パートナーとして参画した。
協業相手の医療顧問は、幼少期から日本で育った台湾人である。日本語と英語を業務言語としているが、中国語は読まない。そのため、台湾NHIや薬事関連の資料は、彼にとっては言語的なハードルがもう一段あることになる。
私たちは彼のために、資料を頻繁に整備している。台湾NHIにおける「重大傷病」の分類、台湾で適用されるICD-10のバージョン、ある診断に対する証明書の有効期限、そういった、台湾で薬事申請を行ううえで前提として理解しておくべき基本情報である。
そこで私は、NHIAの「重大傷病項目」ページを開いた。
中国語版の内容は完備されている。30カテゴリー、ICD-10-CMコード、証明書の有効期限、法令の改訂履歴。6組のファイルダウンロードリンクが並び、PDF、ODT、ODSの三種類のフォーマットがすべて揃っている。内容は揃っているのだ。
英語版にもPatients with Catastrophic Illnesses or Rare Diseasesという対応ページがあるが、その内容は主に制度概念の文章による説明である。重大傷病とは何か、申請方法、申請後の給付内容など。日本側の医療専門家にとって、これらの制度概念は理解可能ではあるものの、十分に詳細とは言えない。彼らが必要としているのは、「手元にあるこの診断はどのコードに対応するのか、どのカテゴリーに属するのか、証明書の有効期限はどれくらいか」という、検索可能な対照表である。こうした検索可能で対照可能な詳細データは、現状では中国語版ファイル内にしか存在しない。
日本語版には、対応ページがない。
だから、日本側からの問い合わせに答えるたびに、私は中国語版のODTをダウンロードし、3ページ目までスクロールして該当項目を見つけ、その繁体字中国語の段落を日本語または英語に訳して、LINEやメールで返す、という作業を繰り返すことになる。
データは、たしかに見つけることができる。ただ、見つけたあとに、必ず誰かが翻訳・整理を経ないと、多言語の協業現場では本当に使える状態にはならない。
公開データは整っている。次の進化はインターフェース層にある
実のところ、データの完備度と公開フォーマットという観点から見れば、NHIAの公開水準はアジアでも上位に位置する。
「重大傷病項目」のページは、民国104年(2015年)から完全版が公開されており、法令改訂のたびにファイルが同期的に更新されている。最新版は民国113年9月16日改訂、114年1月1日施行で、ICD-10-CM/PCS 2023年版に対応している。同じフォルダーには6つの履歴版が保存されており、民国104年以前の適用版から最新版まで参照可能である。制度の進化を研究したり、年度間の比較を行ったりするのに、そのまま使える形になっている。
フォーマット面でも、PDFは閲覧用に揃っており、ODTとODSは編集用に揃っている。30カテゴリーのICD-10-CMコード、証明書の有効期限、サブ項目の細分化、すべてが構造化されて提示されている。
つまり、データの内容と構造から見れば、NHIAは基礎をかなりしっかりと作り込んでいると言える。
本当に欠けているのは、データそのものではなく、「多言語、インタラクティブ、共有可能」というインターフェース層なのである。
もし必要としているのが、「ウェブページを開き、診断名を入力すると、対応する重大傷病番号、有効期限、分類章節がすぐに表示され、しかも英語版や日本語版に切り替えて協業相手に見せられる」、そういう入口であれば、現状ではまだ存在していない。
世界中の公開データが、人にも機械にも優しいインターフェースへと再設計されつつある
視野を引いて見れば、これは特定の国だけの問題ではない。
AI時代の情報検索のあり方は変わりつつある。10年前はGoogle検索でデータを探していた。5年前はWikipediaの整理された項目を参照していた。現在では、ChatGPT、Perplexity、Claudeなどに直接問いかける人が増えている。次世代のユーザーは、もはや「公式サイトを開く」ことから始めないかもしれない。彼らはAIに直接尋ね、AIは多言語で構造化された、インタラクティブにアクセス可能な公開インターフェースから答えを取り出す必要がある。
これは、すべての国の公開データが同じ進化圧力に直面することを意味する。「ダウンロード型の静的ファイル」から「機械可読、多言語、インタラクティブ検索可能」なインターフェース層へ。日本の厚生労働省、米国CMS、英国NHS、シンガポールMOH、カナダHealth Canadaなど、各国が異なるペースで同じ課題に取り組んでいる。公開データを単に「公開」するだけでなく、異なる言語、異なる専門背景の人々が本当に使える状態にする、という課題である。これを完全にやり遂げた国は、まだどこにもない。
台湾には独自の強みがある。シングルペイヤー制のNHIによって、データの統合度はグローバルにも稀なレベルである。ICD-10コーディングは「重大傷病」「特殊照護」「健保給付」と緊密に紐づき、論理が一貫している。制度更新も速く、再生医療ツインアクト(再生医療法・再生医療製剤条例)は2024年6月に制定・公布され、2026年1月1日に施行された。これは世界的に見ても稀なほどの立法・施行スピードである。
だから問題は、誰が早いか遅いかという話ではなく、このグローバルな公開データ・インターフェースの進化が、まだどこでも継続的な発展の途上にあるという事実である。
ICD-10は、ウィキペディアで調べるものではない
私がICD-10に触れたのは、ウィキペディア経由ではなかった。大学では生命科学を専攻し、その前は臨床検査技師だった。当時、医療現場のコンピューターシステムで動いていたのが、まさにこの疾病分類コードだった。国際疾病分類第10版には2万を超えるコードがあり、各アルファベットがシステム別の大分類を表している。Aは感染症、Cは悪性腫瘍、Iは循環器系、Mは筋骨格系および結合組織、Qは先天奇形、というように。この構造は把握している。
台湾NHIは、ICD-10と「重大傷病項目」を結びつけている。同じ診断であっても、どの章に属するかによって、証明書の有効期限が異なり、自己負担免除の範囲が異なり、その後の給付経路も異なってくる。このローカルな制度設計の背景には、台湾NHIが30年にわたって積み上げてきた論理がある。
NHIAの公式サイトは、これらのデータをすべて公開している。PDF、ODT、ODSの三種のフォーマットで揃っており、内容は完備されている。
ただし、内容がどれほど揃っていても、協業相手が中国語を読まないかぎり、誰かがファイル内のデータを相手が理解・使用できる言語と形式に変換する必要がある。
1ページのODTから始まる、ひとつの入口
なぜ「重大傷病30カテゴリー」から始めたのか。それは、業務上の必要から、私が実際に整理し、咀嚼してきたファイルが、まさにこれだからである。ODTをダウンロードし、ICD-10と照合し、30カテゴリーを頭の中で構造表に編み直す、その過程自体が、私にとって台湾NHI制度を学ぶ良い機会だった。
しかし整理を終えたあと、その内容はもともと私の頭のなかと、いくつかのメール下書きにしか存在していなかった。この咀嚼された内容が私の協業相手に価値があるなら、日本から台湾に戻る次の専門家、米国から台湾投資を評価しに来る次のBD、診断を受けたばかりで今後の権利を知りたい次の家族、薬事申請を準備する次の規制コンサルタントにとっても、価値があるはずだ。
このツールページは、NHIAの公式データを置き換えるものではない。政府がすでに作り上げた基盤の上に、「多言語かつインタラクティブな入口」を一つ追加するものである。原本ファイルへのリンクはツールページの目立つ位置に配置され、ユーザーはいつでも衛生福利部の公式サイトに戻って最新版を確認できる。
これは最初の一枚のレンガに過ぎない。今後、より多くの内容を継続的に補っていく予定である。
なぜ、このシリーズを始めるのか
なぜ「再生医療テック」というシリーズを立ち上げたいのか。
専門的な側面から:台湾の再生医療ツインアクト(再生医療法・再生医療製剤条例)は、2024年6月に制定・公布され、2026年1月1日に施行された。台湾の再生医療産業のルールは再キャリブレーションされつつあり、産業も新たなスタートラインに立っている。しかし英語や日本語で検索すると、台湾の再生医療における制度的文脈、産業の進展、重要なデータについて、完全で理解しやすい入口がまだ不足していることが分かる。ポストAI社会において、医療、再生医療、長寿サービスがグローバルな注目領域となっていくなか、台湾には参加するに足る産業的・制度的基盤がある。ただ、現在のところ、関連データへのアクセシビリティはまだ成熟していない入口にとどまっている。
個人的な側面から:私は2024年からエクソソームや細胞治療に関連するサービスに触れるようになり、それを機に、利用者・家族・産業参加者という三つの視点からこの領域を考えることが増えた。ただし、個人的な体験は治療効果のエビデンスとは異なる。それを証言として書くつもりもない。本当に議論すべきは、この産業が制度化・データ化・国際化を経たのち、台湾にどのような知識の入口が必要になるか、ということである。
さらにもう一層ある。30年前、私が生命科学と臨床検査の領域に踏み込んだ当時、台湾のバイオ産業はまさに「離陸寸前、しかし未だ離陸せず」という段階にあった。あとから振り返ると、生命科学、臨床検査、AI、クロスボーダー協業という、もともと散らばっていた経験が、思いがけずこのテーマの上でつながったのである。この産業が成長期に入っていくのであれば、異なる背景を持つ読者たちが理解し、検索し、活用できる入口が、これからますます必要になる。
paulkuo.twの「再生医療テック」シリーズは、ここから始まる。今後、業務現場で自分が必要とし、他の人にも役立つかもしれない整理を、少しずつ補っていく。「自分のためのデータ基盤を作る」という方向性に興味があれば、以前書いた個人ヘルスデータインフラもあわせてどうぞ。同じ論理を個人スケールで実践した記録である。もしあなたも、見かけは公開されているのに、実際にはクロスランゲージで使うのが難しい1ページのODTファイルにつまずいた経験があるなら、このシリーズは何かしら役に立つかもしれない。
最初の一篇は、このページから始める。
用語対照(Glossary)
- ODT(OpenDocument Text):オープンなドキュメント形式(テキスト)。.docxに似ているが、オープンライセンス。LibreOffice、Google Docs、Microsoft Wordで開ける。
- ODS(OpenDocument Spreadsheet):オープンなドキュメント形式(スプレッドシート)。.xlsxに似ているが、オープンライセンス。LibreOffice、Google Sheets、Microsoft Excelで開ける。
- PDF(Portable Document Format):クロスプラットフォームの閲覧向け文書形式。内容が固定されており、編集はしにくい。
- ICD-10-CM/PCS(International Classification of Diseases, 10th Revision, Clinical Modification / Procedure Coding System):WHOが定める国際疾病分類第10版。CMは臨床診断コード(2万種類以上)、PCSは入院手術操作コード。台湾NHIは2016年から全面採用し、衛生福利部は米国CMSの年次版を参照しつつ、台湾版の更新と現地化調整を行っている。
- 重大傷病(Catastrophic Illness):『全民健康保険保険対象自己負担免除弁法』第二条附表一に指定された30カテゴリーの疾病分類。重大傷病証明書を取得すると、関連治療の自己負担が免除される。
- 再生医療法(再生醫療法):医療機関による細胞治療技術の実施を規制する法律。2024年6月制定・公布、2026年1月1日施行。「医療現場側」を扱う。
- 再生医療製剤条例(再生醫療製劑條例):製薬会社による再生医療製品(細胞治療薬を含む)の研究開発・製造・上市を規制する法律。2024年6月制定・公布、2026年1月1日施行。「製薬会社側」を扱う。両法律は「再生医療ツインアクト」と総称される。
- turn-key system:そのまますぐに使える完成された一式システム。
- GMP(Good Manufacturing Practice):医薬品製造管理および品質管理の国際基準。
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