TL;DR — 2019年、林さんに日本で声をかけられた。台湾に投資しているパン屋を手伝ってほしい、と。いいよ、と答えた。後になってわかったのは、自分が踏み込んだのは東京から台北へと伸びる一本の線だということだ。この店のディレクターは発酵の達人・志賀勝栄、主シェフは彼の弟子。台日の間にある良いものの多くは、計画ではなく縁で結ばれている。そしてそれは、この二年の半導体サプライチェーンの活況とも関係ない(2019/12/31、TSMCの終値は331台湾ドルだった)。
振り返ると、大事なことのほとんどは計画から生まれていない。ある日、誰かがひと言かけてくる。あなたがいいよと答える。それだけで、道が曲がる。
2019年、林さんは日本にいた。台湾に投資している事業を手伝ってほしい、と連絡をもらった。パン屋だという。いいよ、と答えた。深く考えずに、林さんの力になれればという気持ちで。後になってようやく見えてきた。自分が踏み込んだのは、東京から台北へと伸びる一本の線だということが。
ひとつの名前を辿って、東京へ
食べることに、私は少し執着がある。2014年から2019年にかけて、農業に関連したスタートアップをずっとやっていた。北部、中部、南部、東部と走り回り、各地の農家と話を重ねた。2017年には東京品川まで行き、Oisixを訪れた。日本で非常に人気のある生鮮食品・食材宅配ブランドだ。あのとき考えていたのは、台湾にも垂直統合型の農産物ECを育てられないか、ということだった。
あの写真には、実は小さな話がある。テーブルの上のガラス瓶には、日本各地の違う土が入っている。実際にはもっとたくさん並んでいたのに、私はその日、写真を撮ることに夢中で、カメラに収まったのは小さな瓶三つだけだった。あれは「その土地の水と土が、その土地の人を育てる」という意味なのだと理解している。土地が違えば育つものも違い、それぞれの土地には土地なりの風土がある。あの土の瓶は、その後も私の中で何度も浮かんでくる光景になった。食が一度グローバル化という棚に載せられたとき、その土地らしさは残るのか。その問いは、いつか別の文章でゆっくり書こうと思う。
産地から食卓までの道を、一通り歩いてきた。だから発酵というものがどれほど神秘的で、どれほど難しいか、多少はわかっている。同じ小麦粉、水、塩でも、温度が一、二度違えば、時間が数時間ずれれば、出てくるものはまるで別物になる。この店が何をやっているのか真剣に見ようと思い、背景を調べ始めた。
店の「理念」に一つの名前が掲げられていた。志賀勝栄、肩書きは「本店ディレクター」。私の目を本当に引いたのは、彼が東京世田谷に構える店の名前だった。Signifiant Signifié。
この二語は言語学者ソシュールに由来する。「シニフィアン」(能記)と「シニフィエ」(所記)、記号とそれが指し示すものの関係を論じた概念だ。ソシュールの言語学なら、私も多少かじっていた。林さんがこの名前を紹介してくれたとき、「白馬非馬」に例えた。フランスの言語学者の記号論と、中国古代の論理の難問を、彼はさらりと結びつけた。この名前をつけた人物に興味が湧いた。林さんは言った、志賀は哲学者だ、と。
パンを作る人が、哲学者と呼ばれる。その一言で、志賀勝栄のことをきちんと調べようと思った。
志賀勝栄は、日本のパン界で「発酵」を語るときに避けて通れない人物だ。パンを発酵食品として捉え、酵母はごく少量しか使わない。複数の発酵種をゼロから育て、低温でゆっくりと、丸一日かけて発酵させる。一本のパンの仕事を、彼は時間ではなく日数で数える。調べた資料によれば、ミシュランの星付きレストランや高級ホテルが彼のパンを指名買いしているという。
その台北の小さな店のディレクターが、彼だった。主シェフのLisaは彼の弟子であり、海外でその理念に従ってパンを作り続ける数少ない存在の一人だ。
そこで初めて気づいた。自分が入り込んだのは単なるパン屋ではなく、今もつながり続ける師弟の系譜だということを。東京の発酵哲学が、一人の弟子の手を経て台北の一角に根を下ろし、ほとんど誰にも知られずに続いていた。
誰も設計しなかった台日の線
林さんの来歴も、後から少しずつ繋ぎ合わせた。最初は投資家で日本にいる人、という程度しか知らなかった。後になって知ったのは、台南の出身で、若い頃に父親の意向で日本に留学し、日本語も台湾語も北京語も使いこなすということ。日本でソフトウェア事業を起こして会社を上場させ、そしてIBMに売却した。今はCyberSolutionsの社長を務めており、その会社も昨年10月に上場した。彼はこう言っていた、日本で二社を上場させた最初の外国人だと。
これを繋ぎ合わせると、一本の線が浮かび上がる。日本で根を張った台湾人が、ある日、志賀のパン作りの理念と出会い、心を動かされ、それを台湾に持ち帰りたいと思った。Lisaはこの慢仕事を守ることを選び、台北で毎日積み重ねている。志賀は、遠く海外にある小さな店に自分の名前を貸すことを承諾した。そして私は、林さんのひと言で、たまたまその縁に引き込まれた。
この中に、計画から生まれた一歩は一つもない。台日協力の企画書を先に書いて、それに沿って動いた人など誰もいない。ある人が手放せないものに出会い、その道で一緒に担おうとする人に巡り合い続けた。突き詰めれば、縁だ。
私が学んだことの方が、多かった
「手伝いに行っている」とよく言っているが、正直に言えば、この数年で私がこの店から受け取ったものの方が、差し出したものよりずっと多い。
スタートアップの世界では、効率、スケール、自動化できる仕組みを常に追う。この店が見せてくれたのは、別の時間の感覚だった。生地は急かしたからといって早く発酵しない。必要な十数時間を一時間でも削ったら、もうそれは同じものではない。よい食材やよい食べ物のように、急いでは手に入らないものがある。そのことは、発酵の世界に深く入ってから、いっそう実感するようになった。
美食は好きだがパンは作れない。この店と縁ができたのは、林さんがきっかけだ。彼の投資をしっかり支えたい、そして彼からもっと学びたいという気持ちが、LisaとこのパンとSNSやECの仕事を結んだ。手伝いと呼べるものではない。自分も大切に思っているものに、もう一枚窓を開けた、という感覚に近い。この店を本当に支えているのは、あの慢仕事であり、それを黙々と守るLisaと林さんだ。
何人かが、一つのために、それぞれの一片を出した
今の私の理解では、台日交流の本当の姿は、プレスリリースの中にも、マーケティングイベントの場にも、政府の海外プロジェクトKPIの中にもない。具体的な何人かが、具体的な何かのために、それぞれの一片を出している。日本で生きてきた台湾人、東京の発酵の達人、台北で理念を守る台湾の弟子、そして好奇心で引き込まれた私。揃って初めて、18時間かけて発酵するあのパンが台北の食卓に並ぶ。これが、私が沈思と記憶というシリーズで記録し続けようとしている台湾の物語の、一つの形だ。
数年前、林さんに志賀先生の資料を頼んだ。ウェブ用の素材に使いたかったからだ。日本にいた彼は、電子ファイルを送ってくれた。志賀のパンについて書かれた本だった。コピーライティングのネタをいくつか拾えれば十分と思っていた。けれどその本は、日本の職人、文明史、食をめぐるさまざまなことを考えさせた。この一本の文章では、とても語り切れない。
だから次回から、何回かに分けて話を続けようと思う。次は、あの18時間の話だ。すべてが速さを求める時代に、なぜあえて遅さを選ぶのか。
付記|確認できる事実
林さんの経歴は口頭の話ではない。彼が創業に関わったInternet Security Systems日本法人は1997年設立、2001年にJASDAQへ上場、2006年に日本IBMへ売却されている。現在のCyberSolutions(サイバーソリューションズ)は2025年10月23日に東証グロース市場へ上場、証券コードは436A。前後合わせて二社、どちらも日本で上場した。志賀勝栄の公式サイトにも、ミシュランの星付きレストランや高級ホテルが彼のパンを採用していると明記されている。
出典:CyberSolutions 代表者紹介、日本経済新聞〈サイバーソリューションズ23日上場〉、パナデリア 職人専門インタビュー:志賀勝栄。
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